ホノルルマラソン完走記

平成4年12月13日 4時間05分49秒

 気分が高まっているのか、熟睡できない。眠ろうと思っても、1時間ほどで目
が覚めてしきりに時計ばかり眺めている。2時30分にコールの電話があること
になっている。2時15分にベルがなって女性スタッフから「時間となりました」
と声を聞いて飛び起きた。

 ランナーズデスクに朝食の弁当を取りに行く。弁当を手渡したことで参加者が
起きたことを確認するそうだ。家内と二人分を受け取ったが、両手で持ちきれな
い程の量なので、ダンボール箱に入れて持ち帰った。

 大きな弁当には、おにぎりが3ケと、からあげやサラダなどたっぷり。缶ウー
ロン茶とバナナ1本とオレンジ1ケである。全て胃に放り込む。家内は食べきれ
ないので残ったのは冷蔵庫に入れ、バナナはバックに入れてスタート地点まで持
って行くことにする。

 はるばる日本から持参した、オンザゴー1袋と飴玉数個と紙幣数ドルをビニー
ル袋に包みウエストバックに入れた。ジャージとランパンで、いざ出発。1階出
口でまたチェックを受ける。弁当を食べてから、また寝込む人がいるためだ、と
の話。

 3時30分にホテルを出てアラモアナ公園まで歩いて行く。事前に地図を頭に
入れておいたが、ランナーが続々とカラカウア通りを西へ歩いているので迷うこ
とはない。大通りはシャトルバスがランナーを乗せて、何台も深夜の道路を騒音
をたてながら疾走しており壮観な眺めであった。

 深夜だと言うのに歩道には、若い男女がたむろしており、派手なスタイルで、
さすが有名なワイキキの夜だ、渋谷とはスケールが違うわいと・・・。一人では
とても恐ろしくて歩けないが、歩いているランナーの方がはるかに多いので安全
だ。

 ランナーズの集合場所を捜し出す。もう何百人が集まっていて盛り上がってい
る。スタートの方向にはサーチライトがくるくると夜空を照らしていた。男性が
英語で何やら雰囲気を盛り上げる放送をしている。時には「バンザイ」「バンザ
イ」と日本語でアナウンスしていた。

 上に着ているのを脱いて、袋に入れて預ける。スタートの前は緊張のためか便
所が近くなる。公園の常設トイレに出かける。10メートル程並んでいたが、時
間があるので待つこととする。小は2ケ所しかなく時間がかかり30分は並んで
いた。大きい方を覗くと何と、サイドには簡単な仕切りがあるが、前には何もな
い。前方には人が立たないので見えない。こんなの初めて見た。女性の方はどう
なっているのかと心配になる。

 持参したバナナを食べ、家内に写真を写してもらい4時30分頃にスタート地
点へ向かう。家内は、マラソンスタート後にメイヤーズウォークに参加する。マ
ラソンスタート後に、ゴール地点まで約10キロを歩くことになる。

 スタート道路は広い。中央の分離帯を挟んで両側に3車線ある。この全部がス
タートを待つランナーで埋まっている。ゴール時間別プラカードを持っている人
が居て5−6時間のプラカードが見えた。もっと前へ進もう。ぞくぞくとランナ
ーが前に進んでいる。

 3−4時間が見えたのでここにするかと思ったが、もう少し前にと、2時間3
0分−3時間の一番後方に居座ることとした。周りを見渡すと、それほど早いラ
ンナーとは思えない。若い女性が何人もいる。スタート位置は守られていないよ
うだ。日本人が7−9割の感じである。トイレに行っている間に、ランナーズの
メンバーと別れてしまったのでスタートまで一人で過ごす。スタートまで1時間
もあるので道路に腰を降ろして待つことにする。

 中央の分離帯に仮設トイレが並んでいる。その前には待つ人が道路を横切って
反対の端まで並んでいる。スタート時間が来ればトイレに行けないままでスター
トするのかと心配になる。

 パトカーがサイレンを鳴らして人混みをかき分けながら後方からやってきた。
外国人ランナーが後ろについている。名前は何という選手なのか、フランク・シ
ョーターみたいだが確認できない。招待選手であろう。

 スタート時間が迫ってくる。時々前方より拍手と歓声が沸き上がり後方へ伝わ
って、だんだん、盛り上がってきているのが肌に伝わる。

 5時30分になった。大砲がズドンと腹に響いてスタートである。前方の空に
花火が上がる。ウォーという歓声が上がる。しばらくしてから前方より歩き出す。

号砲−スタートライン 3:26

 スタートラインまでは走れない。3分26秒かかった。ラインを超えてからや
っと走れる状態となる。車に積んであるサーチライトが見えて来た。大きい直径
が2メートルはある。3台はあったか。空へ向けて回っている。反射鏡の中心は
ランプではなくガスの火が光源となっている。

−5キロ 32:19 35:45

 まだ真っ暗闇の町の道路を大勢のランナーが団子となってゆっくり進んでいる。
とてもマイペースどころではない。周りに合わせて走るしかない。

 距離表示は、昨日の説明で、1マイル毎と5キロ毎にあることを聞いている。
5キロのペースは、スタート地点へ歩いて来るときに距離表示があったので確認
している。看板にJALマークと共に、距離が書いてあり、2.5メートル程の
高さに表示してある。見落とす事なく遠くからでも確認できる。よく見るとマイ
ルは数字のみキロはkmと表示してあった。

 ダウンタウンに入る。クリスマスのイルミネーション一色である。木という木
には、小さなランプが点灯して浮かび上がっている。大きな人形がライトアップ
で浮かび上がっている。大きな大きなサンタがこれもライトアップされてランナ
ーを見守っている。まるで、おとぎの世界に飛び込んだようである。主催者の演
出が嬉しい。

 5キロのラップは30分を超えた。このペースでは4時間を超えてしまう。あ
せってくるが、この人混みではペースを上げることなど不可能で、しかたがない
とあきらめる。

−10キロ 28:21 1:04:06

 ワイキキのホテル街に入ると応援者が多くなる。ランナーズツアーでも、走ら
ない人は、2つの応援団を組織して派手な赤いはっぴを着て、派手に笛や歓声を
あげ応援することになっている。どこで応援しているのか行きと帰りでは場所を
変えたりしていることを事前に聞いている。カイウラニホテルの近くの道路で応
援していた。

 スタート時の気温は18度前後で暑い感じはしない。給水所は2マイル毎に用
意されているので、早めに給水することにする。最初は5キロ地点にあったが、
混雑のため受け取ることが出来ない。2ケ所目は、ワイキキの海岸通りで、道に
は既に捨てられた紙コップが散乱しており、道は大雨が降ったようなびしょびし
ょである。

 給水所は日本と違って、何十人ものボランティアが手渡ししてくれる。机の上
において置く大会と違って心が伝わって来る。これがホノルルは人気のある由縁
ではないか。スポンジと水とスポーツドリンクの3っが用意されていて、水とド
リンクのコップは色で区分けされていて間違うことがない。おまけに氷で冷やさ
れて冷たい。量も多くてどこも無くなっているところはなかった。太陽が出ると
急に暑くなる。給水所が待どうしくなりスポンジと水を両手で受取り、その度に
生き返った気分である。

−15キロ 27:35 1:31:41

 ゴールとなるカピオラニ公園を通りすぎる、10キロを超えてからやっと周り
がすいてきて、ペースを上げることが出来るようになる。ダイヤモンドヘッドの
上り坂も、それほど苦にならず超えることが出来た。この何でもないような坂が
帰りには苦しむとは、思いもよらなかった。

 この海岸まで来ると、スタートから1時間を経過し、東空が明るくなり始める。
日の出は6時50分頃なので、通過するのが少し早く海から日の出を眺めながら
走ることは出来なかった。この坂の頂上あたりで、TBS旗が目に入った。カメ
ラで写していた。下り坂となり走りのリズムが快調である。4時間の借金はまだ
まだ返すことが出来ないが、周りの景色を眺めながら楽しく走った。

−20キロ 26:25 1:58:06

 太陽が出てきて、周囲が明るくなり風もなく快調である。カハラ地区の高級住
宅の中を走る。20キロで2時間を初めて切り、このペースで行くと4時間を切
れるかと考える。スタートのロス時間を引くと55分台だ。

−25キロ 27:44 2:25:50

 腹は減らないが、飴玉2ケを取り出してなめる。ハイウェイの片側車線を通行
止めにしている。長い直線コースである。救急車がランナーを担架に乗せて収容
していた。どこかの大学生が女性の水着を着て派手にラッパを吹いて応援してい
た。思わず面白くて吹き出す。

 あっ、もうトップランナーがパトカーに先導されて戻って来た。黒人選手が3
人併走していた。しばらく後が続いていないので、この3人から優勝者がでるで
あろう。何人目かに日本選手、それから女性ランナーも続いていた。

−30キロ 27:16 2:53:06

 スタート前にトイレに行ったので心配はないと思っていた。しかし朝食でウー
ロン茶を飲んだためか、便意をもようしてきた。途中に何カ所か仮設トイレを用
意していたが、何人も並んでいて時間をロスするので寄るのはあきらめた。応援
している人に頼んで民家のトイレを借りようかと考えた。しかし、見渡しても、
そのような行動を取っている人はいない。仮設トイレの裏側で立ちションしてい
た日本人がいた。外国の地で、このまねをする勇気もなかった。どこか場所はな
いかと考えているうちにゴールまで来てしまった。

−35キロ 27:51 3:20:58

 これからはトレーニングでも未経験の時間に突入する。2回目の補給として飴
玉2ケを口にする。オンザゴーは最後まで取っておく。ペースもそれほど落ちな
く何とか維持できる。ロス時間を引くと18分だ。次の5キロを28分で走れば
46分。最後の2.195キロを14分以内で走れば4時間は切れる。と考えた。

 折り返しへ向かうすれ違うランナーは、もうほとんどが歩いている。マラソン
大会でなくウォーク大会ではないかと思う。ホノルルは初マラソンの参加者が多
いと聞くが正にそのとうりだと実感する。

−40キロ 31:13 3:52:10


 35キロの壁も特に感じなかった。足が重くなった感じはするが何とか走れる
状態だ。4時間を切ってゴールしたい。39キロからのダイヤモンドヘッドの上
り坂が近づいて来た。急に壁がやってきた。足が重い。筋力不足だ。だんだんと
ペースが落ちて行く。坂の途中にランナーズの応援団がいた。元気が出る。

 40キロのラップで計算した。残りの2.2キロを11分で走らないと、4時
間は切れない。今の状態では不可能である。この時点で4時間を切ることをあき
らめた。

−42.195キロ 13:34 4:05:44(ロスを引く4:02:18)

 最後のゴールまでの道のりが長い。公園内のゴールまでの両側に大勢の観客が
見守っている長い直線。今までに何回もテレビで見ていて瞼に焼き付いている場
面である。夢にまでみて憧れていたホノルルマラソンである。いま自分がここを
走っている、夢ではないか?。ここにもランナーズの応援団がいた。走っている
のが幸せだ。何回もマラソン大会に参加しているが、これほど感激してゴールを
目指していることはなかった。4時間は切れなかったが、こんなことはどうでも
よい。ホノルルマラソンは本当に素晴らしい大会であった。ホノルルへ来た価値
があった、本当によかった、よかった。

 ウォーカーでさえもホノルルに参加している。この様な人々をホノルルは暖か
く迎えている。そして、ボランティアと参加者が一体となっているのがホノルル
である。この様な大会であるから、どんなに遅いウォーカーでさえゴールする感
激が味わえて主役になれるのである。

 感激したゴールから歩いて進むと何人もの役員からお疲れ様の挨拶(英語だか
ら言葉が分からない)を言われ、感謝の気持ちをサンキューの言葉で返す。若い
女性から貝のレイを首にかけられる。シャワーで汗を流して完走した喜びを再び
味合う。

 完走のTシャツを受け取る。これ欲しさにホノルルまで来ている人もいると聞
く。生地が厚く、デザインが派手で記念になるTシャツである。Mサイズを受け
取ったが、アメリカサイズは日本サイズと異なりサイズ大きい。

 ゴールした時の気温は28度まで上がり暑さにやられたランナーが何人もテン
トの中で点滴を受けていた。ホノルルは暑くて自己ベストを狙う大会ではない。
水はかなりの量を飲んだ。給水後に汗がわっーと出て来るのが分かる。それから、
食べたのは飴玉4ケのみで、オンザゴーはゴールしてから食べた。180グラム
の荷物を持って走ってしまった。これをタイムに換算すると何分になるであろう
か。

 ランナーズテントでひと休みし、カレーの昼食がうまかった。残念だったのは、
ハワイの法律は、公共の場でアルコール類を飲むのが禁止されていて、公園で缶
ビールが飲めなかったことである。その代わりホテルに帰ってから缶ビールを飲
んだ。

 公園の一角でTBSが生中継していた。「榎木さんの番組」のようであった。
ホノルル時間は11時30分だったので日本では月曜日の朝6時30分である。

 ホテルに帰り風呂で汗を流し、ひと休みしてから完走Tシャツを着て、シェラ
トン・ワイキキ・ホテルの大ホールで開催された「完走パーティー」に行った。
800名程が参加していた。男女アナウンサーの司会で進められ抽選会やテレビ
会社で収録したビデオ放映や、増田明美の飛び込み挨拶と歌の披露など盛り沢山
の企画で2時間を楽しく過ごした。心地よい、例の筋肉痛が残っており、長い長
い充実した一日だった。

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